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起業訪問記7

「大根丸ごとビジネス」



白い大根料理に対して、 真っ赤なテーブルと緑色のイスカバーの色使い。
箸置きにも注目。(鎌倉市佐助・福来鳥)

 

とにかくアイデア勝ちでダイコンを主役にした立て役者、とでもいったらいいのだろうか。スープから煮物、サラダ、ダイコンスープカレー、ケーキやキッシュ、ダイコンの葉入りラスクまでダイコンがさまざまに変心して、ちょっとした驚きとともに、その食感を楽しめるこの店の“総合プロジューサー”は、さとうエダさん。有限会社・福来鳥を立ち上げて10年、社長は夫だが実権はこの人、と自他共に容認。

ビジネスへの転機は40代の直前だった。
それ以前の20〜30代、時代で言えば70〜80年のころ、人形作家としてデビューしたエダさん、時代の追い風に乗って前衛的な作品が次々と評価を得て、多くのスポンサーに恵まれていった。その勢いを借りて自分のギャラリーを始めようと38歳で鎌倉市内へ。画家でもある夫と二人の作品の展示を構想した。しかし、市の中心から外れた場所だったため、集客に苦心、さらに事業などを起こそうにも“作家”という肩書きで銀行からの融資を受けにくい、という現実も知らされた。

それならとギャラリーだけでなく、ちょっと気軽に食事のできる店を併設して会社組織にして堂々と?融資を受けようと事業化をさらに一歩進め、市内佐助への移転が決まった。それが10年前。「なぜダイコン?ってよく聞かれますけど、葉っぱからしっぽまで、無駄なく使えるヘルシー食材でしょ。これを活かさない手はないわよ。」エダさんはあっさりおっしゃる。同店パンフレットによれば、いまからざっと800年前、小ぎつねを助けた男がお礼にもらったダイコンの種を撒いたのが佐助ヶ谷という昔話にちなんでとあるが。
しかし、クリエイティブワークはエダさんの本業。さらに起業マインドが加わって、ぎゅっと、そのまま凝縮させたのが、「小さな美術館そしてだいこん料理」の店。ロゴもイラストも自ら手がけた。

佐助の地への移転費用、開業資金などをあわせると融資額も千万円単位に。だが最近では、「これまでお金といえば借りるものと思っていたけれど、ここ数年、やっと返済を考えるようになって、われながらよくここまできたな。」見事。

この10年、お客さんゼロの日は、2日あったか、どうか。でもどうしても来ない日は・・・
「集めてくるのよ、それが仕事。」見事。 通りすがりにちょっと寄ってみるという場所にはない。車も入れない細い路地の奥。鎌倉にはそんな店が少なくないが。それでも観光バスで来るお客さん、リピーターなど大根料理への注目度は抜群。宅配便での利用者は全国に広がる。

ダイコン栽培は契約農家へ。生産は静岡の工場へ。大手の企業からの引き合いもあるが、いまは鎌倉から青い鳥は飛び立っている。
「いつも走りながら考えるのよね、振り向いたら誰もついて来なかった、なんてこともあったが、最近は少し待てるようになってきたかな。そろそろ次のステップに行く時期とは思っている。」60歳はそういう時でもあるのだ。

福来鳥のHP→ http://www.fukudori.jp/