マニラE通信4号
9 月19日 |
||||
有機野菜が育っています〜オーガニック農業&起業家 |
||||
―南の空を覆っていた雲も消えて、この地域の雨期もそろそろ終わりに近づいてきました―数日前の NHK の世界の天気では、東南アジアのあたりを示しながら、こんなふうに解説していました。 5 月から始まったこの雨のシーズンには、多くの台風が発生して、特に今年は日本に向かっていたのが多かったようです。「これはフィリピンの輸出品のひとつよ。」職場でそんな冗談をいうスタッフがいましたが、 EPA( 経済連携協定 ) には含まれていないはず・・・。 |
||||
|
||||
デイージーさんの話はいきなりマルコス時代の戒厳令まで遡りました。優に 1 時間以上を費やして語ってくれた有機農業の苦難の道のりはこうです。 1972 年の戒厳令布告の年に小作農解放令が出され、地主階級の強い抵抗を退けて、農地改革を断行します。これ自体は期待されていた改革だったようですが、結局は頓挫しました。一方、コメの増産計画では農薬、化学肥料を大量に投入して生産をあげようとしましたが、農地の荒廃につながっていきます。 大学時代は起業のアイディアを出し合い、実践した時期でもありました。彼女のやんちゃで元気な行動力は“クレイジー・デイージー”のブランド名ともなって、手づくりクッキーのお店を開いたり、アーティストの卵が集まるカフェを作ったりと、かなり自由に楽しく、起業を実践してきたようです。 そんな、デイージーさんにもうひとつの転機が来たのは、ヨガ教室に通っていた時期。どこに行けば、いい野菜が手に入るのだろうか、というベジタリアンの言葉でした。自分の DNA が反応しました。有機野菜を作ろう。健康にいい美しい野菜を作ろう。 先日、テニスボールのような丸いアボカドを買おうとして、少し年配のフィリピン女性と立ち話をしました。どうやって食べています?と聞くと、「お砂糖をかけるの、おいしいわよ。」わ〜やっぱりこの国の人って、甘味党だ。全般に料理は甘めで、こってり系が多いせいか、続けて食べると少々、胃がつらくなります。ケチャップもトマトでなく、バナナケチャップのほうが好き、という人が多いのです。「アボカドなら、しょうゆを少したらして食べるとおいしですよ」。と言うと、「そうか、カリフォルニア巻きね、アメリカで食べたわ。それもいいわね。」と、彼女は納得してくれました。
|
||||
|
||||
米国農業省の海外農業部門が 2000 年に出したレポートがあります。「フィリピンにおける有機農産物と市場概観」。これによりますと―、今後の市場拡大を示唆したものですが、そこには課題も多いようです。レポートの分析によりますと。フィリピンでは一般的にはまだ有機食品に対する関心は低く、流通も整備されてなく、価格に敏感な庶民の間では受け入れられていない。購買層は食品の安全性、環境問題に関心があり、健康志向のフィリピン人や外国人駐在員などでまだ隙間産業。しかし、今後、有機食品への関心は高まり、その需要は国内生産を上回ることが予想され、輸入有機食品(特に加工食品)の可能性はある。さらに関連の種子、家畜、機材、技術にもビジネスチャンスがでてくるだろう。ただし、フィリピン経済の好転とペソ通貨の安定が必要であるが・・・ 有機農業実践者はフィリピン農業の約 1% と推定されているが、「有機」とみなす基準つくりはこれからのようです。デイージーさんはこういいます。有機栽培の農地を増やししていくこと、契約農家をふやしていくこと、必ず成長するビジネスになっていきます、と。この熱帯な気候と周囲の隣接農地が農薬を使用する中で、自分のところだけ有機、無農薬を進めることができるのでしょうか、素朴な疑問をなげてみました。まず有機農家の農地のうちの中央部分で耕作をし、周囲との距離を置くそうです。そして、徐々に周辺の土地を購入していき、耕作面積を広げていくとのこと。未耕地が多いフィリピンならではのやり方なのでしょうか。 大きな自宅の一角に販売所がありますが、なかは野菜や果物であふれていました。天然酢や穀類、ハーブ、蜂蜜、スパイスなどもあります。この仕事が好きだから、 1 日の全部が仕事時間で満足しています。それに 21 歳の息子が一緒に働き始めたので、なおのこと。収入を気にしていないのは、かなりの余力があるからでしょう。これからは、ケータリング、レストラン部門を充実させて、有機食品の普及とビジネスの拡大を進めたいと、チャンスをねらっています。
|