マニラE通信22号
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フィリピン暮らしの必須アイテム その2:えいが |
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7月29日(土) その結果は・・・ そう、かなり腰が痛くなったこと。だが、スクリーンを通していまのフィリピンの素顔がみられたこと、ストーリー(あらすじだけだが)、俳優ともに多いに楽しめたことだった。会場は、フィリピン文化センター、この国では最大の文化会館。 |
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なぜこの自主映画祭にこだわったかといえば、いわゆるハリウッド映画にもう飽きてしまったと、いうのが正直な動機。そして、1本ずつ見ていくうちにだんだん、はまっていったというわけだ。しかし、最大の難点は予告に反して、英語の字幕がほとんどなかったこと。だから詳細な内容や会話のおもしろさは残念ながら、わたしにはわからなかった。しかし、その難点を超えて楽しめたのも確かだ。 この自主映画祭、制作手法やストーリーの新たな試みや新人の発掘などによるフィリピン映画の質の向上をねらって、フィリピン文化センターやフィリピン大学などの共催により昨年から始まったそうだ。作品はいずれもデジタル・フィルムによるもので制作コストを抑えた映画作りで幅広く参加を募った結果、189本の応募があり、その中から最終選考に残ったのが8本だった。その8本とは・・・ 半分はミュージカル仕立ての、2組の親子のもつれた関係を取り戻す「幸せはどこに」と都会の寂れたホテルから始まる金を巡る血の争いが最後にこのホテルの1室で終わるという「ロトンド」、この2本。いずれもスラム街が舞台で、その人間模様が大変リアルに描かれていた。「ロトンド」は監督賞に選ばれたが、わたしもこの作品は好きで、構成、映像はうまいなと思った。あらすじは、ホテルの一室でセックスワーカーに支払われるのがタバコの焼けこげのついた1000ペソ札(約2000円)。これが殺人や盗みの中を“回遊”し、再び同じホテルの一室で支払いに使われるというもの。熱演した女優のメリル・ソリアノは薬師丸ひろ子と安室をあわせたようなかわいさとスタイルの良さで、これからが期待されている若手女優のひとりだ。 「ドンソル」はジンベイザメのウオッチングで知られる実在の観光地が舞台。そのガイドと都会から来た乳がん患者の女性(エンジェル・アキノ)とのはかない恋と美しい海の景色が魅力的だった。受賞の最有力候補にあがっていたが、結局、アキノが主演女優賞を獲得した。 「リンゴー」、「ムダラク」、「レッドコーナー」の3本はいずれも心理描写や人間関係が錯綜し、語学の壁があるわたしにとっては、わかりにくかった。だがテーマとなっているのは専業主婦の生き方、離婚の認められないカソリックの国での夫婦の破綻や別居、介護と親子の絆、金銭のトラブル、少女たちの青春等など。国を問わずに共通のテーマではある。 ロックミュージックといっても、わたしには、ようわからん、の世界ではある。が、常に、新しいものの先取りで、数年たてばそのコピーがはびこり、新しさは色あせてくる。そんな激しいサウンド争い、というのは映画からもわかった。その中で、頂点を過ぎたバンドが次を模索するさなか、ボーカルのバンドリーダーが事件に合い、その後遺症で20年間の記憶を喪失する。そのために起きるさまざまなちぐはぐさ、つまり80年代のサウンド時代で記憶が止まってしまったリーダーが主張する音楽と、2006年のいまにいるドラム、ギターの仲間たちが考える現在のものとのズレ。 80年代のこの国といえば、マルコス政権下の’81年には戒厳令が10年を経て解除されたとはいえ、’83年にベニグノ・アキノ上院議員の暗殺、’86年第1次ピープルパワーによる政変、コラソン・アキノ大統領の誕生、そして’89年マルコス前大統領のハワイでの死去、アキノ大統領による国家非常事態宣言など、激しく政治が動いた時代であった。人々が主役となり民主主義が耀くような時代、日本にいてあのころ、フィリピンの人々がとてもまぶしく、たくましくみえたことを思い出す。“失われた20年”というもうひとつのメッセージを読むことができる作品かもしれない。 |
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